谷本盛雄大阪ビル放火事件

谷本盛雄大阪ビル放火事件のまとめ

谷本盛雄大阪ビル放火事件

大阪・北新地のビル4階にある心療内科クリニックで起きた放火殺人事件。クリニックの患者だった谷本盛雄が事件に関与した疑いがあると公表しました。

この記事では、谷本盛雄に関する情報をまとめています。谷本盛雄の「顔画像」「自宅」「実家」「家族」などについて詳しく解説しています。

12月26日に「谷本盛雄放火の状況」、12月27日に「谷本盛雄仕事」、12月28日に「谷本盛雄病院」「谷本盛雄動機」を追記しました。

>谷本盛雄動機「今度こそ死にたかった」

>本盛雄家族「妻息子とは偽りのつながり」

【追記】谷本盛雄放火の状況

12月26日追記

12月17日の事件発生から10日近くが経ち、谷本盛雄のクリニックでの放火の状況が次々と明るみなってきています。谷本盛雄の放火前の状況や放火に向けての準備などもわかってきています。

ここでは、谷本盛雄の放火の状況について、時系列に沿って詳しくまとめました。

谷本盛雄放火前の状況と放火の準備

  • 2019年頃:クリニックに通院
  • 2021年3月:「徳島ライブハウス事件」の3月の記事
  • 7月:「京アニ事件」の7月の記事
  • 11月頃:西淀川区の住宅に戻る
  • 11月下旬:ガソリン購入
  • 催涙スプレー、刃物などを準備
  • クリニックの消火栓に接着剤を塗る
  • クリニックの非常口の扉にテープを貼る
  • 11月16日夜:自転車で自宅からクリニックにポリタンクを運ぶ
  • 11月17日朝:事件の30分前に自宅でボヤ
  • 自転車にポリタンクを乗せ、自宅からクリニックに移動

2019年頃、谷本盛雄は「西梅田こころとからだのクリニック」に通院するようになりました。

谷本盛雄が放火の準備を始めた時期は、今わかっているところでは9ヵ月前の2021年3月から。谷本盛雄の自宅からは、京アニ事件の3月の記事と徳島ライブハウス事件の7月の記事が見つかっています。

2021年の11月頃、谷本盛雄は西淀川区の自宅に戻ってきています。近所の人の話では、長年この住宅は空き家だったとのこと。電気やガスは通っておらず、家財道具は敷布団ぐらいしかなく、カセットコンロが転がっていたといいます。

11月下旬に、谷本盛雄は近所のガソリンスタンドでガソリンを10リットル購入しています。使用目的について「バイクに使う」「トーチランプに入れる」などと申告していたことがわかっています。

谷本盛雄は身分証を提示してガソリンを購入していたため、履歴がGSに残っていました。GSでガソリンを容器に入れて購入するには、購入者の身元や使用目的が確認・記録が2020年から義務付けられています。2019年の「京都アニメーション放火事件」で販売規制が強化されました。

事件の時に使われた、催涙スプレー、刃物なども準備していたと考えられます。

谷本盛雄の自宅から見つかっている物をまとめました。

  • 「京アニ事件」の3月の記事
  • 「徳島ライブハウス事件」の7月の記事
  • 「放火殺人」と書かれたメモ
  • 「消火栓を塗る」と書かれたメモ

時期はハッキリしませんが、クリニック内の消火栓の扉には接着剤が塗られ、クリニックのビルの非常階段の扉外側にはテープが貼られていました。

16日夜
17日朝

そして事件の前日の12月16日と当日の17日、自転車で走る谷本盛雄が防犯カメラに映っています。自転車には紙袋を積んでいるのがわかります。ガソリンが入ったポリタンクを2日に分けて、クリニックに運んだ可能性があります。

事件の起こる30分前、谷本盛雄の自宅の2階の一室からボヤが発生し、ガソリンのような油分が検出されています。谷本盛雄は自宅で放火の「予行演習」をした疑いもあります。

谷本盛雄自宅ボヤ「2階焼け、ガソリン容器見つかる」

谷本盛雄の自宅でも、北新地の火事の30分ほど前に放火が疑われるボヤが起きています。

谷本盛雄の自宅の2階に「油とみられる液体の入った容器」が残されていました。容量は約1.5リットルで使用された形跡が確認されています。

現場検証に立ち会った区の職員は以下のように話しています。

1階は普通に生活感がある感じになっていて、2階はちょっと焼けていて。2リットルくらいのボトルみたいな(容器があった)。(Qガソリンっぽい色だった?)そうです。そうです

住宅からは「消火栓をどうすべきか、隙間を何とかしなければ」などと書かれたメモ、谷本盛雄のクリニックの診察券が見つかっています。

谷本盛雄放火の状況

  • エレベーターから両手に紙袋を持って現れる
  • 受付に紙のような物を置く
  • ふたたびエレベーターの前に戻る
  • 紙袋を傾けるとガソリンと見られる液体が流れ出す
  • ライターで火をつけると、一気に燃え上がる
  • もう1つの袋を逃げ道となる非常口に投げ込み、さらに火が広がる
  • 患者さんたちはワークルームに逃げる
  • 非常口に逃げようとする人に谷本盛雄が体当たりして押し戻す
  • 谷本盛雄だけが待合室側に倒れ、被害者は全員奥のリワークルーム側に

クリニックの防犯カメラに、谷本盛雄の受付前での放火などの犯行の状況が映っていました。

谷本盛雄はクリニックでの受付を済ました後、エレベーターの前に戻って、紙袋を傾けるとガソリンと見られる液体が流れ出し、ライターで火をつけると、一気に燃え上がります。そして、逃げ道となる非常口に投げ込み、さらに火が広がります。

患者さんたちはワークルームに逃げます。非常口に逃げようとする人もが見られますが、谷本盛雄が体当たりして奥に押し込もうとする姿が映っています。消防が救助に入った際、谷本盛雄だけが待合室側に倒れ、被害者は全員奥のリワークルーム側に…。

逃げ道となる扉がしまっていたということで、谷本が閉じ込めようとした疑いがあります。

現場から刃物の一部やポリタンク2つが見つかっています。

【追記】谷本盛雄病院

12月28日追記

谷本盛雄の搬送先の病院は、12月17日のNHKニュースでは「大阪警察病院」と報道されていました。

12月18日の文春オンラインでは、「男が入院している病院」として「大阪赤十字病院」の画像が掲載されています。

文春の画像
ウィキペディアの画像

谷本盛雄容体

谷本盛雄は「脳に深刻な障害を負い、事情聴取ができるような回復は難しい。刑事責任を問うことは極めて困難な見通し」と報道されています。

谷本盛雄は「一酸化炭素(CO)中毒による蘇生後脳症(低酸素脳症)の状態」にあるとのことです。

谷本盛雄は放火後、クリニック内から心肺停止状態で搬送され、病院の集中治療室で治療を受けている。搬送後に蘇生したが、脳に十分な酸素が届かず、「蘇生後脳症」の状態が続いているということです。

蘇生後脳症は、心肺停止からの回復後、脳への酸素供給が途絶えたことで起きる脳障害。いったん命を取り留めても、何らかの障害が残ることが多く、植物状態や脳死となり、死亡に至ることもある。

事件では、クリニック内にいた患者ら26人が心肺停止状態で救急搬送され、うち25人が死亡。死因は24人がCO中毒、1人がCO中毒に伴う蘇生後脳症でした。残る女性1人は重篤な状態が続いています。

谷本盛雄氏名公表「逮捕前」

大阪府警は、逮捕前に谷本盛雄の氏名を公表しました。逮捕前に指名を公表するのは異例なことと報じられています。その理由について、以下のように説明しています。

【追記】谷本盛雄動機

12月28日追記

谷本盛雄犯行動機①「おっさん話しかけんといて」新地のねーちゃんに相手にされずにキレた

谷本盛雄が放火したビルは、大阪一の歓楽街「北新地」のすぐ近くにあります。ビル周辺では夕方になれば、出勤してくる美しいホステスさんをたくさん見かけます。

5ちゃんねるに「北新地で働く女性もクリニックに診察にきていたのでは?」という書き込みがみつかりました。

北新地だから夜のお仕事してる人の精神安定にも一役買ってたであろう
待合室とかちょっとそんな雰囲気ある

YAHOO知恵袋を見ると、ホステスやキャバ嬢も、仕事柄病んでいる方も少なくないようです。

精神科に通院されてるホステスさんをよく見ます。
飲み屋業界は、多い気がしますが、どうしてでしょうか?

ベストアンサー
元ホステスです。
鬱っぽくなって辞めました。
向き不向きの世界ですので、嘘が苦手な人、人付き合いが下手な人、八方美人になりきれない人、腹が黒くない人、真面目な人、どんな人も一人の人間だと思う人、打たれ弱い人 は病みます。

谷本盛雄は酒好きと報道されています。クリニックで知り合ったホステスから名刺を渡され、店に行き、指名して、お酒を飲んだのです。

ホステスと仲のよかった同僚から話が聞けました。ホステスは谷本盛雄のことを「あのおっさん最低!」と愚痴っていたとのことです。

あのおっさん最低やで。「工場の話自慢気にするけど、さっぱりわからん、腕よかったからボーナス100万もろたとか…」何十年も前の話ばっかりするけど、その割にたいして使えへん。うちのこと「ブス」とか「足太い」とか言いはじめるし、あげくのはては「ホステスなんかやってたら親泣くで」って説教はじめるし…

谷本盛雄はクリニックでホステスを見かけたので気安く話しかけました。するとホステスから返ってきたのは「おっさん2度と話しかけんといて」。そして、谷本盛雄はカッとなって犯行におよんだのです。

谷本盛男放火動機②「おっちゃん働かんでもええやん」サラリーマンにバカにされキレた

谷本盛雄の放火したビルの周辺は大阪の中心地、ビジネス街でもあります。会社やそのオフィスがたくさんあります。谷本盛雄が火を放ったクリニックにはサラリーマンやOLが数多く受診していたと報道されています。

仕事のストレスやうつ、コロナの影響、失業など、サラリーマンは病やトラブルを抱えてクリニックに通院していたのではと5ちゃんねるで噂されています。

約2カ月前に「失業保険の申請のために診断書を求めて多くの人が来て困っている」
やっぱりな

コロナ鬱が相当出ているようだ
年金手帳ブームかも

雇用保険給付の延長に必要な鬱病診断書がほしくて
人が殺到してたらしいな

谷本盛雄は仕事をしている様子はなく、「福祉のお世話になっている」と話していたと報じられています。生活保護を受給していたのでしょうか。

クリニックに通うある患者さんが谷本盛雄とサラリーマン風の男性がしたしげに話をしているのを立ち聞きしたそうです。

おっちゃんはええなあ、毎日酒飲めて、働かんでもお国から金もらえるから、こっちは働きたくても働けんし、金ないから生活せっぱつまってんねん

男性の発した何気ない言葉、男性は谷本盛雄をうらやましかったのかもしれません、冗談での言ったのかもしれません。でも、短気な谷本盛雄は男性にバカにされたと思い火を放ったのです

谷本盛雄動機③「わい3日寝てないんや」医師が薬を出してくれないのでキレた

AERAdot.では知人の話として、谷本盛雄は「アルコール依存症」で放火したクリニックのほかにも「いくつかの病院に通院」していたと掲載されています。

そして、谷本盛雄は酒を飲んでは暴れて、トラブルを起こしていたとも。

男は酒好きでアルコール依存症になり、火災のあった心療内科クリニックやいくつかの病院に通っていたと聞いた。『病院に行き、いろいろ薬をもらうが、よくならない』と愚痴っていた。そして、酒を飲んでは暴れて、悪態をつく。短気で、酒乱のようなところがあった。コロナ前は自宅近くの飲み屋でもトラブルを起こしていました。

アルコール依存症が進むと暴力のほかに「手が震える」「眠れない」「発汗」「動悸」「幻覚・幻聴」など症状が出て、これらを止めるためにまた酒を飲む、この繰り返しが続くようです。

アルコール依存症でクリックに通っていた50代の男性が谷本盛雄について話してくれました。谷本盛雄の口ぐせは「寝てないんや」

年も近いし同じ病気やし、診察待ってる時はよく話しました。言っちゃいけないけど、何度かいっしょに飲み行ったし。会うたんびに「今日はねてないんや、3日ねれへんねん」と同じことばかり。先生に「薬出して、ねむたいんや」ってゆうたけど「もう目いっぱいだしてるからアカン」って断られたと。最後に「どついたろかと思た」と言ってました。

谷本盛雄は元勤務先の関係者に心の悩みを打ち明けていました。

(谷本容疑者)は親にも兄弟にも子どもに円を切られて
一人ぼっちになった

さらに、谷本盛雄は涙ながらに50代男性にこう語っていました。

先生薬ぎょうさん出してくれるねんけど、ねられへん。そしたらまた酒飲んでしまうんや。一人でいると不安で涙出てくるんや。ねつけへんし、ねてもすぐ目さめてまう。しんどうてたまらんのや

谷本盛雄はただ「眠りたかった」だけなのです。谷本盛雄は「眠れないから薬を飲む、眠れないから酒を飲む」を繰り返していたのではないでしょうか。唯一の救いである「薬」を医師に断られ、クリニックに火を放ったのです。

>谷本盛雄動機「今度こそ死にたかった」

>本盛雄家族「妻息子とは偽りのつながり」

谷本盛雄経歴

谷本盛雄の現在公開されているプロフィールと、事件に至るまでの谷本盛雄の経歴をまとめました。

谷本盛雄プロフィール

  • 氏名:谷本盛雄(たにもともりお)
  • 年齢:61歳(1960年、昭和35年生まれ:推定)
  • 住所:大阪府大阪市西淀川区姫島
  • 職業:無職

谷本盛雄経歴

  • 高校卒業後:父親の板金工場で働きはじめる
  • 18~19歳ごろ:母親がなくなる
  • 34年前:父親がなくなる
  • 約20年前:大阪市西淀川区に引っ越し、家族4人で暮らしはじめる
  • 2008年9月:妻と離婚
  • 2009年:妻に復縁を申込むも失敗
  • 2011年4月:長男を包丁で刺し、殺人未遂で逮捕
  • 実刑4年の判決
  • 2021年12月17日:大阪市北区の雑居ビルに放火

谷本盛雄顔画像「への字眉で目はパッチリ」

谷本盛雄の顔画像が公開されました。

谷本盛雄の顔画像は、前髪はバックになでつけていて、白髪がまじっています。谷本盛雄の顔は目鼻立ちがハッキリしていて、への字眉で目はパッチリ、鼻筋がとおっています。

谷本盛雄自宅「大阪市西淀川区姫島1丁目2番」

谷本盛雄の自宅の住所は「大阪市西淀川区姫島1丁目2番」、阪神電車の阪神本線姫島駅改札から南に200mくらい行ったところにあります。谷本盛雄の自宅からさらに南に行くと淀川の河川敷です。谷本盛雄の住宅は3階建てです。

谷本盛雄近況「アルコール依存症」飲み屋でトラブルも

AERAdot.に谷本盛雄の知人の話が掲載されています。

北新地の火災があり、西淀川区でも火事があったとニュースで聞いて、もしやと思い、訪ねてみると、男の自宅でした。普通に仕事をしていたと思います。しかし、ここ数年は体調を崩して仕事はしている様子はなく、『福祉のお世話になっている』と話していました。男は酒好きでアルコール依存症になり、火災のあった心療内科クリニックやいくつかの病院に通っていたと聞いた。『病院に行き、いろいろ薬をもらうが、よくならない』と愚痴っていた。そして、酒を飲んでは暴れて、悪態をつく。短気で、酒乱のようなところがあった。コロナ前は自宅近くの飲み屋でもトラブルを起こしていました。だから男を知る別の人も、ひょっとしてと言っていた。ただ、放火と聞いて、そんな大きなことができるような人間ではないと思うのですが……

谷本盛雄は「ここ数年は仕事をしていない」「アルコール依存症」「火災のあったクリニックのほか、いくつかの病院に通院」など。

谷本盛雄は「福祉のお世話になっている」と話していたとのこと。谷本盛雄は生活保護を受けていた可能性があります。

また、谷本盛雄は「短気」で「酒乱」のようなところがあり、飲みやでトラブルを起こしていたとも、知人は話しています。

谷本盛雄実家「兄が工場継いだことに不満」兄弟と32年間疎遠

谷本盛雄の実家の所在は明らかになっていません。

谷本盛雄は4人兄弟の次男、上から3番目、大阪市此花区は生まれ育ちました。

谷本盛雄の父親は板金工場を営んでおり、谷本盛雄自身も高校卒業後はそこで働いていました。

谷本盛雄の兄の話では、母親は40年以上前(谷本盛雄18~19歳ごろ)になくなっています。

兄は話では、谷本盛雄は「普通の子。お母さん子だった」、母親がなくなった後、反りの合わない父を避けるようになり、兄弟とも疎遠になったといいます。

A氏(兄)によれば「普通の子。お母さん子だった」と弟の印象を思い起こした。谷本容疑者が18歳の頃から父の経営する板金工場で一緒に働いていたそうだが「弟が18歳の頃に母が亡くなった。それから少し変わったのかもしれない。短気なところはあった。酒を飲んだら、言葉を荒げることもあった。仕事の腕はよかった。でも、父、私とは合わんかった」。小さなもめ事は日常茶飯事で「私が注意して“帰れ”と言ったら、そのまま何も言わず帰った」。弟はその後、職を転々とするようになった。

谷本盛雄の兄の話は続きます。

33~34年前に父親がなくなり、谷本盛雄と兄弟は遺産相続についてもめたそうです。兄が工場を継ぐことになり「私(兄)が跡を継いだことで、何か思っていたかもしれない」とも話しています。

その後、谷本盛雄の父親の工場をやめて、職を転々とするようになります。

谷本盛雄が勤めていた板金工場の社長は、谷本盛雄が父親の工場をやめた理由について「『兄貴が帰ってきたから』としか言わなかったが、不満そうだった」と話しています。

兄が谷本盛雄と最後に会ったのは32年前、「この32年は疎遠だった。どこに住んで、何をしてるかも知らなかった。受け入れ難い」と話しています。

谷本盛雄中学校「おとなしい」悪い子じゃなかった

兄によると、谷本盛雄は中学生ぐらいから父親が営む板金工場を手伝い、谷本盛雄と兄は一緒に働いたこともあったとのことです。

めざまし8で、谷本盛雄の中学校時代の顔画像が公開されました。

中学校の卒業アルバムの写真でしょうか、谷本盛雄は詰襟の学生服を着ています。谷本盛雄の顔画像は、前髪をおろしているのでまゆ毛がかくれています。目がパッチリしています。口はしっかり閉じられています。

谷本盛雄中学時代の同学年の男性のインタビューが報道されました。中学校時代の谷本盛雄は「悪い子」との印象はなく、むしろ「おとなしい子」という印象です。

信じられないね。そんなに悪い子じゃなかったし、怖い印象はなかったですね。そんなに目立つ子でもなかったし、おとなしそうな印象しかないんだ。深く付き合ってはないですけど、そんなには悪い子のようには思いませんでした。目立つ子ではなかった。

引用
Q:中学卒業後は?
会ってないと思います。

Q:同級会とか、そういうことも?
同窓会も来たことないですね。

谷本盛雄家族「長男を包丁で刺す」自殺考え道連れに

谷本盛雄は約20年前に、「家族とともに大阪市西淀川区の住宅に引っ越してきた」と報道されています。妻と息子2人の4人家族でした。

しかし、谷本盛雄は2008年9月に妻と離婚、家を出て一人暮らしを始めています。その翌年に元妻へ復縁を申込むも失敗。

2011年4月に谷本盛雄は殺人未遂容疑で逮捕されています。谷本盛雄は長男の住むマンションで飲酒していたところ、二人は口論となり、かばんに入れていた包丁で谷本盛雄は長男を刺しました。長男は頭や肩にケガをしましたが、命に別条はなかったということです。

その後、谷本盛雄は懲役4年の実刑判決を受けました。判決文に、谷本盛雄の犯行動機が記されています。

元妻に復縁を申し込み断られ、自殺を考えたものの踏み切れず。“誰かを殺せば死ねるのではないか”と考え、元妻や長男、次男を道連れにしようと犯行に及んだ

【追記】谷本盛雄仕事「スゴ腕の板金職人」工場退職の原因は妻との離婚か

12月27日追記

谷本盛雄の仕事は板金職人です。

谷本盛雄の実家は父親が板金工場を営んでいて、中学生のころから家業を手伝っていました。谷本盛雄は高校卒業後は父親の工場で働き、屋根や壁の工事を行う板金工として腕を磨いた。

谷本盛雄と父親、兄はいっしょに工場で働いていて、兄が工場を継ぎました。父親の死後、谷本盛雄は兄と何度が衝突するようになり、実家の工場を飛び出します。その後は複数の工場を転々としています。

谷本盛雄は一時的に離職した期間がありますが、2002年から2010年まで1つの工場で働いています。

2002年3月、職人募集の広告を見た谷本盛雄は、大阪市内のその板金工場の入社します。

文春にその工場の社長の話と当時の写真が掲載されています。谷本盛雄の仕事は「手がけたものは谷本だと一目でわかる、ずば抜けてきれい」だと。

あれだけの職人はなかなかいない。建築板金技能士の一級を取るのは難しい。次の給料払うときには『1000円じゃ申し訳ない』ということで、職人並みの日当1万2000円をあげた。正社員に昇格させたのは雇って約2カ月後。彼の手掛けたものは一目見て『これは谷本だな』と分かるくらい、ずば抜けて綺麗だった

2008年7月、谷本盛雄は突然「他にやりたいことがあるから辞めさせてくれと」と退職を申し出ます。

1年後の2009年8月、谷本盛雄はふたたび板金工場を訪れ復職を申し入れます。谷本盛雄はその後1年ほど働いたが、欠勤やズル休みが増えて、そのうちばったり来なくなったとのことです。

2008年9月、谷本盛雄は妻と離婚しています。そして2009年9月、谷本盛雄は元妻に復縁を申込むも断られています。大阪市内の板金工場の退職や復職、2度目の退職は離婚が原因であるのかもしれません。

>谷本盛雄動機「今度こそ死にたかった」

>本盛雄家族「妻息子とは偽りのつながり」

タイトルとURLをコピーしました